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In memory of Jojo.....最後の頃。
2011 / 04 / 28 ( Thu )
今年に入って、まだまだ春を迎えるずっと前に、iPhoneにジョジョの動画が残っている事を殿様が思い出した。
立上れなくなって数日後、お空に帰る五日前の動画。

流動食をシリンジで強制給餌して、好物のパンの耳を少しでも食べさせようとしているところ。
食欲もジリジリと落ちて来ていた。
おPっこは、膀胱を絞って強制排尿。
ウンPは医療用ゴム手袋を着用し、肛門から掻き出していた。

それでも、このときは自力で上体を起こせていた。
この動画を撮影した後で、寝たきりになった。

体温は39度前後で高めのまま下がらず、低温設定のエアコンと、凍らせたペットボトルをタオルで巻いてジョジョの体の側に置いて冷やし続けた。

後、どの位の時間がジョジョに残されているのだろうかと考えつつ、不思議とひどく動揺することなく、淡々と介護していた事を思い出す。
介護し続ける事は私にとって受け入れ易く、私の日常からジョジョの存在が消えてしまう事は決して受け入れられない事だった。

寝たきりになり食欲も落ち、息遣いも次第に荒くなっていくジョジョを見守りながらも、どこか感覚が麻痺してしまっていて、切迫したパニックを起こす事はなかった。
これって、ある種の自己防衛本能だったのかもしれない。
繭化しちゃった様な感じ。

体の動きを奪われとても不自由そうにしていても、時折、彼女の瞳は私を追っていた。
夜中も、2時間おきに起きて体位を変えていた。
うつらうつらしていると、不自由な体をどうやって動かしたのか、私の枕元ににじり寄って顔を近づけていた。
瞳を閉じて横たわる彼女の顔を撫でながら、声を殺して泣いた。
「ジョジョ....お母さんも一緒に連れて行ってよ...」と、彼女に呟いてみたりした。

介護生活がどのくらい続くかなんて、本当にどうでもいい事だった。
苦しくかったり痛かったりするのなら、そんな時間を引き延ばすこともしたくなかった。
許された範囲で、少しでも快適に過ごしてもらうにはどうしたらいいんだろう。
今、何をしてあげたら喜んでもらえるんだろう。
そんな事しか考えられなくなっていた。
余計な事を考える隙もなくジョジョに没頭する日々が過ぎ、その日も、いつもと変わりなくジョジョのお世話をする一日だと思っていた9月4日。
お別れの日となってしまった。

今でもジョジョが恋しい。
涙を流す事も少なくない。

でもね、少しずつだけど、元気だった頃のジョジョを思い出すことが多くなってきた。
そして、ジョジョが結んでくれた縁で繋がる事の出来た大切な人達もいる。
苦しいとき辛いとき、暖かい手を差し伸べて貰った。
今度は、私の手を差し伸べたいと思っている。
貧弱で頼りない手かもしれない、でもね、それでも役に立つ事もあるかもしれないから。

ジョジョも、きっとニコニコで喜んでくれると思う。

最後まで頑張ってくれた、ジョジョの動画です。
よくやったと、褒めてあげて下さい。

画像の取り込み方が悪いのか、横向き画像になってしまいました。
見づらくてゴメンナサイ。




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15 : 43 : 52 | Jojo | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
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